今回はフレスコバルディのトッカータ集第2巻より、トッカータ第7番を紹介します!
Toccate e partite d’intavolatura, Libro 2, Toccata Settima by (Frescobaldi, Girolamo)
楽譜はこちらからご覧になれます。
Toccate e partite d’intavolatura, Libro 2 (Frescobaldi, Girolamo) – IMSLP/ペトルッチ楽譜ライブラリー: パブリックドメインの無料楽譜
当サイトでY♡SEコンサートの告知をし、その際に曲紹介をすると書きましたが、本番当日まで1週間を切ってしまいました。今日から少しずつ投稿していきます!
フレスコバルディ
ジローラモ・フレスコバルディ(1583-1643)は、イタリア半島の中心にある、ローマで生まれました。人生の殆どをローマで過ごしましたが、1628-1634まで、フィレンツェの富豪、メディチ家の宮廷オルガニストを務めています。メディチ家は、画家のパトロンをするなど、芸術にとても関心が高かったことでも有名です。
チェンバロがソロの楽器として活躍を始めたのは、丁度ルネサンス音楽からバロック音楽に変わる1600年ごろです。このルネサンスやバロックは絵画の時代区分から名前を貰って音楽にも当てはめたものですが、絵画界ではルネサンスがピークに達してからバロックに移り変わる時期に描かれた作品をマニエリスムと区分することがあります。フレスコバルディは初期バロックの作曲家として紹介されることが多いですが、他の分かり易いバロック音楽に比してスタイルが違う、難解な曲も多いことから、別の区分と位置付ける研究者もいます。私もどちらかというと別の区分に位置付けたい立場で、フレスコバルディはマニエリスムの作曲家と言いたいところですが、まだその考え方は一般的ではないので、ここでも初期バロックの作曲家ということにしておきます。
ルネサンスは復興という意味で、ギリシャやローマの古典文化を再生することを目標に、様々な知識人が音楽を含む文化や政治について議論を交わした時代です。音楽では宗教音楽、とりわけ合唱の作曲技法について話し合いが進み、合唱が大変発展した時期でした。ルネサンスの作曲家は合唱曲を楽譜に残すことが多かったため、現在ではルネサンスの作曲家=声楽作曲家というイメージが強くなっています。
それならば、フレスコバルディはルネサンス後期に生まれたのだから、声楽作曲家だ! と、思われるかもしれません。確かに、彼も他のルネサンス期の作曲家同様、声楽曲を沢山残していますが、鍵盤音楽(オルガン、チェンバロのための音楽)を沢山残し、自身も宮廷オルガニストとして活躍するなど、歴史的に鍵盤音楽への貢献が大きいことから、鍵盤楽器の作曲家として知られています。たとえば、ルネサンス期の鍵盤音楽は合唱を1人で演奏するために書き換えたようなものが主流であったのに対し、フレスコバルディは鍵盤楽器で演奏することを目的としてたくさんの曲を作曲したというのも鍵盤音楽の作曲家と呼ばれる所以になっています。フレスコバルディは全2巻のトッカータとパルティータ集を出版しており、今回お届けするのは、その第2巻のうちの1曲です。
トッカータ第7番の聴きどころ
まずは即興!
トッカータとは・・・とWikiで調べると、日本語のページには音取りに使っていたのだと書いてありますが、同Wikipediaのその他の言語ページではそのような紹介が見られません。(怪しい。)ただ、トッカータに共通して言えそうなことは、きわめて即興的な音楽だということです。このトッカータ第7番も例外ではありません。まずは、演奏者の即興が求められている、曲の始まりについて説明します。
ハイドンやモーツァルトが活躍する古典派以降の作曲家の楽譜には、スラーやスタッカートをはじめとするアーティキュレーション、速度に関する発想記号、フォルテやピアノなどの強弱記号が書かれていますが、それ以前の楽譜には殆どか全く書かれていません。今回お届けするトッカータ第7番も例外ではなく、拍子記号と音符とタイ以外は何も書かれていないです。
小節線もお情け程度に書かれたようなもので、1小節目から4/4拍子にも関わらず、四分音符が8個分の音価の音符が入っています。古典派以降でも、演奏者の即興性を求める部分、たとえばカデンツァなどは1小節内に、本来入るべき音価以上の音符を入れることはあります。音価が溢れているからという理由ではありませんが、この曲では1小節目から即興が求められているのです。
演奏を聴き比べると、曲の始まり方が全然違うことが分かります。まずは演奏者がどのような即興を見せてくれるのか。それがこの曲の最初の楽しみです。
即興的なのは、演奏者が即興をするから即興的だというだけではありません。この楽譜に書かれている曲の流れがとても即興的なのです。耳馴染みの曲は、Aメロがあって、Bメロがあって、サビがあって・・・というのが、シームレスに繋がっています。しかし、このトッカータは即興の前奏から始まり、A,B,C,…,Hくらいまで、全然違う曲が、まるでその場で思いついたものをつなげてみたと言わんばかりのありさまです。このような作品を、即興的な作品と言います。
次はどのようなメロディを思いついたんだろう・・・ そんな風に考えながら演奏を聴くと、楽しんでいただけるかもしれません。
鍵盤楽器ならではの動き
曲全体を通して即興的なのは大きな特徴ですが、もう少し細かいところを見ていくと別の特徴に気付きます。たとえば、今まで声楽の作曲技法ではあり得なかった、鍵盤楽器ならではの音の動きがあることです。

この譜例で見られる、低音譜表(ヘ音記号側)のレ→シ→ド→ファ#みたいな動きは、歌ではとても難しいですよね。譜例には同じような音の動きが4回出現していますが、このように、声楽ではできなかったことをやっているというのもこの曲の特徴です。
この鍵盤楽器ならではの動きは、声楽的な動きをしている最中に急に現れます。歌を聴いているような感覚の時に、急に奇想天外な響きがするので、聴いているとびっくりするのですが、それもまたこの曲の魅力なのです。
半音階から宇宙の響き
また、曲の後半で頻繁に聞こえてくる半音階も特徴的です。

一番下の音符が、ファ→ファ#→ソ→ソ#と、半音ずつ上がっていっています。チェンバロで演奏する場合、楽器そのものの残響がとても多いので、この半音は大変濁って聞こえます。音階は通常、音階という名前のように、階段状に音の周波数がグンッと上がって次の音に移ったと明確に分かるものですが、残響が多い環境で半音階を演奏すると、グラデーションのように、滑らかに音が移っていくような効果が得られます。鍵盤楽器からグラデーションが聞こえると、まるで宇宙にでも連れていかれたのかと感じてしまいます。
この曲の後半では、半音階進行が多用されているので、宇宙に連れていかれるような感覚を楽しんでいただけますと幸いです。
もっと半音階の宇宙を味わいたい方には、同時代の作曲家、ミケランジェロ・ロッシのトッカータ第7番がおすすめです。
おわりに
この曲を勉強し始めた当初、あまりにも知っているバロック音楽と乖離しているため、私には宇宙語にしか聞こえてきませんでした。勉強を進めていくうちに、理解が進み、この曲の宇宙っぽさは魅力に感じるようになりました。今ではお気に入りの1曲で、今度の演奏会でも演奏予定です!本記事が、この曲をより美味しく味わう一助になることを願っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!